父親がこうるさい

というのは良いこと無い。先週の口論から息子との接触を避けるようにした。見えれば言いたくなってしまう。親父も僕にはうるさくなかったしむしろ無関心だった。でも親になった今に思うと無関心だったのではなくそうしてくれた部分もあるのだろうと思い直す。晩年、僕が幼稚園の頃登園したくなくておばちゃんちで愚図っていたとき、その頃教頭だった父は僕を迎えに来て逃げる僕を追っかけたそうだ。うっすらと覚えているような夢が現実だと思わせているような、そんな程度の記憶で僕には何のネガティブな記憶もなく、むしろ忙しい父に悪いことをしたと反省する記憶だが、父はいやがる僕を追っかけて力ずくで幼稚園に行かせようとしたことを僕に悪いことをした、と自省していた。それを吐露されたとき僕は驚いた。父はそんな僕の愚図りに対してもの、僕の気持ちを無視してそんな行動に出てしまったことに反省の気持ちがあったんだ。それを年老いてからの父から聞き、今父親になった自分が息子との接し方で悩んでいるときに思い返すと

父は心にずっとその時の反省をずっと持って僕に接したのは間違いない。そんな父の姿勢が僕が父親に対して何のわだかまりも残さずにすんだ理由だろう。